あねもねママのブログ

ADHDの息子と私の人生

運動会の練習が始まり本格的な不登校に

f:id:anemonemum:20220224142129j:imageこんにちは。気づけば一か月ぶりの投稿になってしまいました…

現在息子は順調に登校できております~!ただし週に一回ある6時間目にはまだ出られず、その日だけは5時間目終了後にお迎えに行っている状況です。気持ちも安定していてわりと穏やかに過ごせているので、なんとかこの調子でいきたいものです。

 

さて、本日も息子のこれまでのこと、続きになります。

 

二学期早々から登校しぶりが始まった息子ですが、そんな時ちょうど運動会の練習も始まりました。足を怪我していたので、体育と運動会の練習の時間は見学をしていました。足の負担にならないような入場や移動などの練習は補助の先生と一緒に参加していたようです。

 

ところが、ある日「運動会の練習があるから学校に行きたくない。見学も嫌だ」と言い出しました。何もせずじっと見ているだけというのもしんどいのかも(ADHDの特性ですね)と思い先生方に相談し、足が良くなるまで運動会の練習は保健室で休ませてもらうことにしました。

 

保健室の先生も親身になってくださり、運動会練習の時間はお絵描きなどをして過ごしていたようです。その時の息子の様子を先生に聞くと、外からは練習の笛の音やダンスの音楽が聞こえていたので雰囲気は感じ取っているようだ、とのこと。

 

きっと足が治り今までのようにみんなと一緒に練習に参加できるようになれば、登校しぶりもなくなるのではないか?

 

私はそう思っていました。

今までできていたから。保育園の時も一年生の時も、みんなと同じように出来ていたから。運動会だけじゃなくてお遊戯会や劇の発表だって上手にできていたから。

 

しかし、一筋縄ではいきませんでした。

また続きます。

「学校自体が嫌なわけじゃないよね?」

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二学期の始業式、足が痛いと言って出られなかった息子。翌日からは学校に行くことが出来ました。足に包帯を巻いていたので内履きではなくてサンダルでいいよ!と先生方が配慮してくださりホッとした様子。

 

しかしまた数日後「足が痛いから学校に行けない」と言い出しました。私は「もしかして…」と思って「学校自体が嫌なわけじゃないよね?」と聞いてしまったのです。息子の返事は「違うよ」…後々考えると、私のこの発言も不登校を誘発する原因になってしまったのかも知れません。

 

前々からよく「夏休み明けに不登校が増える」という報道を耳にしていたので、始業式の日に息子があんな状態になり「もしかして…?」と少し不穏な気持ちに。いやでも、今まで学校は楽しいと言ってたし…「そんなことはないはず」と思いたい自分もいました。

 

その後は、足が痛いからではなく

・体育が嫌だ(自分だけ見学だから)

・国語と、算数以外の授業が嫌だ(通常教室で受けるから)

・掃除が嫌だ(縦割り班で他の学年と一緒だから)

などの理由をつけて「学校に行きたくない」と言うようになりました。毎晩「明日にならなきゃいいのに」とも言っていて、とても悲しくなりました。息子はどれほど辛いのか…

 

そして朝になると暴れて泣きます。無理やり車に乗せて学校まで行っても、そこでずっと泣きながら暴れているので、どうしようもなく、休ませる…それが数日おきにありました。それでもなんとか学校に行ける日もありました。

 

普段は学童を利用していたのですが、登校しぶりが始まってから学童に行かずに帰りたいと言うことも増えてきました。まぁ、学校さえ行ってくれたらそれでいいと思い1人で下校させる日もありました。私はその時フルタイムで働いていたので帰宅が17時過ぎになります。それまで心配でしたが近所の友達と遊んだりして、楽しく過ごしていたようです。

 

ただ、家にいる時はイライラしたり癇癪が明らかに増えて、気持ちが不安定になっている…なので朝暴れるほど行きたくないという日は、無理やり行かせず休ませることにしました。私も仕事を休んでなるべく息子に寄り添い、このまま本格的な不登校にならないように…!!と必死です。

 

その時の対応が間違っていたのか、よかったのか、わかりません。が、今少しずつ元の生活に戻りつつあります。息子に合ったサポートをしてあげられるよう、日々勉強です。

息子はなぜ不登校になったのか

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なぜ学校に行きたくないのかを息子本人に聞いても、あれこれ理由をつけ最終的には「全部嫌」と言います。

 

息子は二年生に進級したその日にADHDと診断されましたが、一学期は学校が嫌だと言ったことはありませんでした。むしろ楽しいと言っていました。

 

支援学級に在籍していて、国語と算数のみ別の教室で授業を受けています。少人数で集中できる環境であれば学習も理解でき遅れることもありませんでした。

 

他の教科は通常学級で、クラスの友達と一緒に授業を受けています。やはり大人数だと気が散りやすいですが当時担任からは「声掛けすればきちんと話を聞けるし、問題なく過ごしている」と聞いていました。

 

ではなぜ不登校になったのか?

母親の私から見て、思い当たることを書いていきます。

 

・一学期の後半に、通常学級の担任が産休に入り交代となる。

・同じく一学期後半、支援学級の担任が病気休暇に入る。後任が決まるまで一日通常学級で過ごすことになる。

・母親である私が、息子の発達障害のことを不安に思ったり、職場で慣れない仕事を任されたことにより精神的に疲れてしまう。それが息子に伝わった?

・夏休み終盤で足に怪我を負う。

 

これらが引き金になっていると思ってます。

 

まずは通常学級、支援学級と立て続けに担任が交代…国語と算数は支援学級で少人数での授業を受けていましたが、急に一日中通常学級で過ごすことになってしまいました。息子はそれに適応できませんでした。

 

ちょうどその時期、授業参観があり通常学級での息子の様子を目の当たりにして私は心が痛くなりました。授業に集中できずイライラしてノートもまともに書いていません。先生の話など聞いていません。

 

通常学級で過ごすことが、息子にとって相当な負担になっているんだと気づきました。それと同時に私は息子の「障害」とこれから先きちんと向き合えるのか?とものすごく不安な気持ちになってしまいました。

 

それまでは正直、まだ低学年だから落ち着きがないのは仕方ない、成長すれば通常学級で問題なく過ごせるだろうと思っていました。半ば息子にその気持ちを押し付けていた部分もあります。「来年から、支援学級卒業できるよね?」なんて声をかけてしまったり…

 

そんな私の不安が息子に伝わっていたことも1つの原因かと思います。

 

さらにフルタイムで働いていた私は、職場で新しい仕事を任されるようになり、プレッシャーも重なってだいぶ疲れていました。そんな私に息子は「ママ笑って!」とよく言ってました。私の表情が息子を不安にさせていたんだと思います…

 

夏休みの間は学童で、仲の良い友達も一緒だったので楽しく過ごしていましたが終盤に足を怪我してしまいました…全治1ヶ月。幸い歩行には影響なく痛みもあまり無いようでした。夏休み残り数日も学童で変わりなく過ごしました。

 

で、二学期の始業式の朝。出かける直前に「足が痛い」と涙目で訴えてきました…なんとか学校の玄関まで行きましたが「歩くと痛い、歩けない!頑張れない」と座り込んでしまったので仕方なく帰宅。

 

その時は、前日まで痛くないって言ってたのに…。包帯を留めているテープの当たりどころが悪かったのかな?なんて思っていましたが。その日から息子は、不登校傾向になっていきました…。

 

それから色々試行錯誤しなんとか現在、一日登校できるようになってきています。どんなことをしてきたのか、今後の記事にまとめていきたいと思います。

あけましておめでとうございます!

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年越しは、いつもと変わらず寝落ちしてしまい気づいたら2022年を迎えていました…笑

 

昨年は振り返れば楽しいこともありましたが、やっぱり息子が不登校になった9月以降は辛くて辛くて仕方なかったです。

 

そしてそんな日々を記録するためブログを始めたはいいけど書きたいことがありすぎてまとまらない…

 

なかなか思うように更新できていませんが、マイペースにやっていきたいと思います。

 

今年は36年に一度の「五黄の寅」の年だそうです。私、初めて知ったんですがこの年に生まれた人は周りを圧倒する程の強運の持ち主と言われているんですねー。

 

で、あまりにも気が強くなりすぎるため昔は五黄の寅年に女の子を産むのは避けるべきと言われていたんだとか?!

 

これも初めて知ったんですが、私も五黄の寅年生まれだったようです…笑

なるほど…そんなに強運に恵まれてると思ったことは無いんですが?気が強いのはまあ合ってますね。周りの友人たちも確かに強い!笑

 

自分は強運の持ち主だ!と思っていれば良いことが舞い込んできそうですよね。なんか2022年はめちゃくちゃ良い年になりそうな気がしてきました。というか絶対良い年にします♪

 

年女で厄年でもあるので、まずは厄払いに行ってきます〜。

二学期終了、小さな進歩!

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今日は二学期の終業式でした。

振り返ると壮絶だった…夏休みは元気に過ごしたのに、始業式に「行きたくない」が始まり、不登校気味に。あの手この手でなんとかやり過ごしてきました。

 

通知表を見ると欠席日数は20日。意外と少ないな?!と思ったのですが、日中行けない日にも放課後登校は出来たので、それも出席日数にカウントされているようです。

 

二学期が終わる直前、小さな進歩がありました。息子が久しぶりに丸一日学校へ行けました!

 

行けるようになったきっかけは…

息子にはどうしても欲しいものがあって毎日「欲しい、欲しい」とせがんでくるようになったんですよ…

 

それを聞いていた夫が、

「丸一日学校へ行けるようになったら買ってやるよ〜」と言い出しまして。

丸一日学校へ行けた日をカウントして、20日達成したら買うという約束をしました。

 

そしたら翌日、丸一日(5時間目まで)頑張って無事1人で帰宅!次の日から短縮授業になったのでまだカウントは1日だけですが…そして冬休み明けがまた心配ですが…まぁ何とかなるでしょう!

 

と、親の私たちが前向きにならないとだめですね〜。とにかく二学期よく頑張りました!学校行きたくないのに頑張りました。お疲れ様!

 

息子の不登校について

息子は現在小学2年生で、入学当初から特別支援学級に在籍しています。

 

はっきりと発達障害(ADHD)の診断がおりたのは、ちょうど2年生に進級した今年(2021年)の4月でした。

 

息子を出産した直後から育てにくさを感じていて、その時点で私は既に発達障害を疑っていました。

 

もちろん新生児の育児は決して楽なものではありませんが、息子は特別手がかかるというか…周りの赤ちゃんとなんか違う…という感覚がありました。

 

(このへんのことは、またあらためて記事にしたいと思います!)

 

現在の息子ですが、二学期のはじめから不登校気味になり、午前中のみ出席できている状態です。一学期までは登校渋りも全くなく、学校は楽しいと言っていたのに…。

 

私もそれまではフルタイム正社員として土曜日まで働いていましたが、とても仕事へ行ける状態ではなくなり、パートに切り替えて午前中のみ働いています。

 

こうなってしまった“原因”は色々考えられますが、結局周りの大人たちの憶測でしかないので、息子自身はっきりわからず、うまく言葉にもできないのだと思います。

 

ただ“きっかけとなった出来事”は、足を怪我したこと。これで間違いないと思っています。

そのタイミングで他にも色々な出来事が重なっていました。息子はそれに適応できなかったのでしょうね。

 

私は息子のためにどうしたらいいのかわからなくて今現在も模索中ですが、午前中登校できるようになったのは今日までにやってきたことが少しは息子のためになっていたのかな…と思っています。

 

不登校になるまでの経緯と、その後私がしたこと、学校の先生がしてくれたことを今後の記事にまとめていきたいと思います。

ブログスタート!

はじめまして。あねもねママと申します!

 

なぜブログを始めようと思ったか?

 

色々ありますが…まずは小2の息子が生まれてから感じていた育てにくさ、ADHDと診断されてから現在まで、そしてこれからのことを記録しておきたかったから。

 

子育てで苦労したことや母親になって学んだことを、同じように悩んでる方に知ってもらい少しでも力になりたいと思ったから。

 

あとは、自分自身の人生もまぁ〜色々あった…これからもきっと色々あるだろうから、ブログにでもしたら面白いんじゃないか?

 

というわけで、息子のことがメインで私の過去のことも交えながら綴っていきたいと思います。

 

よろしくお願いいたします。